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分厚いノートがほしい |
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たまたまそれなりに仲良くなった人でも、会うきっかけがなくなったらやっぱり疎遠になってくよね。
ネットゲとかのネットでのつながりならきっかけが無くなることってあんまりないかもしれないけど
リアルだといつどんな風に相手から、こっちからきっかけが無くなってしまうやらわからない。
すぐ仲良くなって、でもいつの間にか会わなくなってたなーって人が多いのはそういうことなのかな。
相手と自分の間で個人的に会うきっかけを作っておかないと、
流れでできた機会が無くなったら枠の中から外して、外されてしまうもの。
久しぶりに旧友に会いたくなってきた、そんなこの頃。
まあ無理か。 いいとこ一時的なギクシャクしたメールのやり取りにとどまりそう。
twitterestあるいはtwitterist |
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followというかfavoriteされてるかどうかが実質ほぼわからないここは楽でいい。
究極に近い、ほぼ最上級のつぶやき。
新しいネットサービスに手を染めたというか足を踏み入れた時って、学校に入った時に似ているような気がする。
その瞬間は互いの利害はほぼ絡まず、たまたま側にいた人ととりあえず口きいて。
つぶやくひと。
誰もいない時なら口に出さないことでも、誰かいると口に出すことって、ないですか。
かまってほしい半分、言いたいだけあと半分。
お互い拾ったり拾われたりがだめな人とはやがてじんわり疎遠になっていって、登下校時や廊下ですれ違った時に挨拶を交わすだけの仲になり、やがてそれもなくなって、その頃にはそれぞれ別のもう少し濃い知り合いができていて、あるいは発信のみというスタンスができていて。
そのコミュニティの中で自分の立ち位置を見つけたり、あるいはそのコミュニティ自体に見切りをつけたり、それぞれはそれぞれに。
それが3年とか4年とか6年とか続く。
立ち上げの時が入学で、他を見つけて去る/入るのが転出/転入・編入かなあ。
転校経験者としてはそんな気もする。
名簿の順 |
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相当昔は五十音順じゃなくてイロハ順だったらしく、父方の祖父はいつも最後だったそうだ。
あいうえおに変わったとき、イから始まる人以外は気持ち悪かっただろうなあ。
イもそうか。遥か後ろにいたはずの安倍さんに抜かれた犬養さんの心境ったら、ないでしょうね。
いまは五十音順が多いと思うけど「ローマ字表記のアルファベット順」というのがたまにあって混乱する。
漢字圏の人だけだと一瞬わかんない。
最初に遭遇した時は背の順かと思ったよ。
五十音ってものすごいマトリックスだと思うけど、あれの子音の並びはどういう経緯で決まったんだろう。
アカサタナのほう。
たとえば、あやはらまかわなさた、でも問題はないはず。
母音だってそうだ。
発声練習はアエイオウかアエイウエオアオ。
パンはパンでも戦うパンは |
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なーんだ?というなぞなぞ。
しばし考えて「ぶどうパン」と言ったら、それは何、と聞かれた。
うちの近くのパン屋ではレーズン入りのパンのことをそう呼称しているんですが、これは一般的ではないんでしょうか。
ゆるい関係という逆説 |
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Twitter mixi | |
今でもそういう売り文句なのかは知らないが,TwitterはSNSなどと違って気軽にフォローできて返信なども強制されないというゆるいコミュニケーションが売りだった気がする。
確かに,若い人とかちょっと頭悪い人の場合,SNSでコメントを強制したり無言の圧力があってしなきゃいけない感があるらしいが,自分のマイミクの場合,世代の問題なのかたまたまなのかそういうことはほとんどない。
マイミクはリア友ばかりだからということもあるだろう。
一応連絡を取ろうと思えば取れるようにしてるだけみたいなところがある。
逆にTwitterはネット友達とか全然知らない人ばかりでやっている。
そうすると,絡みがない人からはすぐフォローを切られちゃうわけ。
だからマメに返信しないとなっていうプレッシャーを感じるの。
気軽にフォローを切れちゃうゆるい関係だから維持するためにプレッシャーを感じるという逆説。
しかも,自分が機能を使いこなせてないだけかもしれないけど,Twitterって新しくフォローされたのをメールで知らせる機能はあるのに切られたことを知らせてくれる機能はないのね。
返信つけたのに反応ないなと思ったら切られてたとかたまにある。
で,それを確認するのも,自分のフォローされている一覧を一生懸命さがすか,相手のフォローしている一覧に自分があるかさがすしかないの。
自分がフォローしているかしてないかってのは相手のページを見ればチェックがついてるから一目でわかる。
でも相手が自分をフォローしているか確認するのはすごく面倒臭いんだよ。
逆だろ。
自分がフォローしてるのは自分で管理してるんだからある程度把握してるわけじゃん。
相手が自分をフォローしてくているかを知りたいんだってば。
ブログじゃないんだから,単につぶやきを読めればOKってわけじゃない。
コミュニケーション・ツールとして相互フォローが大事な場合もある。
義理だってあるし,相手が自分をフォローしてないのならこっちも切るわとかある。
TwitterはTwitterでいいところももちろんあるけど,「ゆるい関係」っていうのは微妙なところ。
簡単にフォローが切られることも切ることもある関係の面倒臭さを知っておいた方がいい。
http://64jmkt.sa.yona.la/19 |
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退社して、駐車場を歩いていると、生温かい風に煽られた。めっきり春の風になっている。車を運転しながら、帰宅したら書こうと思っていたことがあるはずなんだけど、もう忘れてしまった。何だかとても眠い。
Re: 大根は果物です。
liceとrice |
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Reply | |
>> Eat your lice in your hair!
どこかの英語人(確かアメリカ人)が、「日本人はLとRの発音がごっちゃになるから、ごはん(rice)を食べると言ってるつもりで、シラミ(lice)と食べると聞こえる(ちょっとバカにしたような笑い付)」と言ったというジョークの話から出た煽りだと思う。
日本でもそれなりに広まってる(彼らにとっては)ジョークで誰でも知ってるレベルなのか、それとも韓国だと、日本をバカにする材料としてこういうことを日常茶飯事誰でも言ってるのか、その辺りはよくわからんが。
日本語もきちんと読み書きできてるようなので、この突撃した韓国人とやらは言語能力にはそれなりに長けてるんだろうと思うんだが、それをこういう風にしか使えないのは悲しいなあ。
ちなみに、外国語で相手を怒らせるというのはわりと簡単だが、実際に「口げんかに発展させてその状態を維持し、さらに相手を言い負かす」というのはかなりの言語能力を要する。というわけでこの韓国人、ケンカ売る時は買ってもらえて、なおかつさらに売りに出せる自信をつけてからにしようね。ケンカ売る先を間違えるとか言語道断(ネタにマジレス)。
リンク先に飛んで爆笑した後で、「アメリカ人が韓国を罵倒してる英文」とやらをさらにリンクから飛んで読んで、英文の内容のひどさにもちょっと辟易したが、外国人がちゃんと覚えるくらいに侮蔑表現が日常化してるんだとしたら、文化としてどうなんだ韓国、と思った。このアメリカ人が、たまたまそういう人間たちと付き合いが多かっただけかもだが。
どんな言葉にも侮蔑表現というのは山ほどあると思うが、日本ではそう言えばそれほどは耳にしないなと改めて思う。英語は付き合う層によるが、1センテンスに4つくらいFuckを入れないとしゃべれないヤツがけっこういる。
気軽に侮蔑表現を使えると言うのは、侮蔑対象に対する敬意が低い、あるいはない、あるいは、使う側に「その対象を表現するために使う脳みそがない」「わざわざ考える時間を割く気がない」ということで、結局は侮蔑対象と同じくらいに自分に対して敬意がないってことなんだろうな、と思った。
自分が他人を扱うように他人に扱われる、よって、自分が扱われたいように他人に接しましょう、というのは文化かがどうとかじゃなくて、人との在り方として普遍的なものであるよなあと思う。
結局は自己中心な思想ゆえとは言え、他人に真っ当な態度で接するのはなんら悪いことではないと思う。
まれに機嫌の悪い時もあるようだが、ほとんどいつもにっこり挨拶してくれる女性がいる。どんなに久しぶりでも、「おおお元気だった?」と変わらない親しさで声を返してくれる。あなたに会えてうれしい、あなたが声を掛けてくれてうれしい、単なる社交辞令かもだが、いつもそう感じさせてくれる人だ。
笑顔というのは伝染する。幸せというのも伝染する。伝染させるなら、病気や悪意じゃなく、そういうあたたかなものの方がいいと思う。
他人をばかにした態度を取るよりは、他人を好ましいと思っている(普通レベルで)態度で接する方が、世界がみんな幸せになれるんじゃないかなと思った、という話。長文でネタにマジレス失礼。
まあお行儀よくないのは重々承知 |
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サザンオールスターズのTSUNAMIが脳内リフレイン。
大根は果物です。 |
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Eat your lice in your hair! wwwwwwwwwwwwwwwwwww
この文章は、頭に沸いてるウジでも食ってろ!って意味なのね。
食べろ あなたの 米を、入ってる あなたの 髪が
→あなたの髪が入ってる飯(ラーメン)でも食ってろ!
デートで彼氏と一緒に有名なラーメン屋にやってきた女子ユリコ。
彼女が頼んだ野菜ラーメン950円が運ばれてきて、わあいただきます。
途中で髪の毛がどんぶりの中にINするが、彼女は気にせず食べ進める。
「むしろ髪の毛が入ってるのに、気にせずに食べるアタシ、かわいい!」
という持ち前の感違いっぷりをいかんなく発揮し、周りの失笑を買う。
その様子を近くで見ていた韓国人留学生の朴くん(24)がツレの友達と爆笑。
毎日ブログを付けることを習慣としている彼が、そのラーメン屋での出来事をアップ。
「日本人はウンコみたいな色した てめえの髪の毛入ったラーメンでも食ってろよ!」
ってことかと思った。
プロとアマチュア、趣味と本業 |
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しばらく前まで、言ってしまえば純粋芸術を生業としていた。
辞めた理由はいろいろあるし、その中でも無視できないというか大部分を占めていたものとして「食えない」というのはあったけど、それと同時に「これで食っていこうと思わなくなってしまった」というのも大きい、と、自分では思っている。
以下、先に言っておかなければならないのは、ゲージュツ業界全般に対する批判ではありません。
あくまでごく個人的な、自分の中の話です。
プロスポーツもそうだけど、ゲージュツというのはある意味、憧れで成り立っている業界ではある。
同時に、自分では創れないものを買う、という、第二次産業的なニュアンスも実はかなり濃く含む業界でもある。
だって、飾りたい絵を描ける人ならわざわざ買わないでしょう。
家や車を塗り替えたり、携帯の着うたを作ったりでもいい。そういうのができなかったりめんどくさかったりするから誰かに頼むんであって。
(他人だからこそできる客観的なアプローチがある、という観点はこの際除きます。)
なので、職業としての芸術家やデザイナーなんてなくなってしまえばいい、と、ずっと思っていた。
自分が好きなものや欲しいものなんて自分にしかわからないんだから、自分でやっちゃうのがずっといいよな、なんでみんな自分でやらないんだろう、って。
空間や時間をもうちょっと心地よくする方法なんて、探せばいっぱいあるのに、って。
でも、辞めて思うのは、やっぱり、そういう職業、要るな。
上で書いた第二次産業的な意味合いを、今はより強く思う。
誰でもダヴィンチみたいに全部できるわけじゃないから。
アマチュアの語源は「愛する」ということだと聞いた。
アマチュア出身じゃないプロなんていないし、それを忘れたプロは屑です。そういうのは今すぐ死ねとまでは言わないけど、芸術的に死ね。辞めてしまえ。
できた事象以前に、それをやるのが楽しい、という人以外、ゲージュツで金なんて取っちゃだめです。「シゴトはしてるけどゲージュツはやめた」みたいな人、結構いるのよね。
同時に、プロなら売れよ、と思う。
それで食ってんだろ、と。パトロン探しだけに躍起になってるバカは死ね。
もちろん、例えば不動産屋の本当の客は大家だけど、入居者のほうを向いていない不動産屋はしょせんそれまででしょう。
それと一緒。
さらに、売るプロになってもだめ。
セールストークで売らないで作品で売れ。
だからみんな、美しい/心地いい事象、買おうよ。
展覧会に行こうよ。音楽会で聴こうよ。本を読もうよ。絵を飾ろうよ。デザイン家電(機能美みたいな部分も含む)使おうよ。
いいものには拍手を、つまらないものにはブーイングをしようよ。
それが敬意というか対価だと思う。ある意味、ゲージュツには原価ないしね。
まとまらないのでここでやめます。
ハンガー — FROM MOM WITH LOVE |
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kwout | |
かわいい。
そういえば飛行機の格納庫もハンガーって言いますね。
そこにかけてるんでしょうか。ハンガーだけに。
…誰かが言わなければいけないことだと思ったので言いました。言ったら負けです。
焼酎グラス、永久に無料 — 居酒屋革命 飲み物メニュー |
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kwout | |

居酒屋革命 飲み物メニュー via kwout
変な店。
食べ物を2品以上頼むことが条件らしい。
行った人によると、もちろん、無料の焼酎は「いいちこ以下」だし食べ物は「良くも悪くも居酒屋」らしいけど、「なにせ焼酎タダだし、2人で5杯ずつ飲んで3000円しなかった」。
潰れないうちにいっぱい行かなきゃ、って言ってたけど、それ、あんたが潰す気まんまんじゃねえか。
このシステム、「飲めない人でも割り勘負けしにくい」という点も売りにする、ってのはどうでしょうか。
上野の国立科学博物館 |
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日常 | |
展示 ≫ シアター36○ :: 国立科学博物館 National Museum of Nature and Science,Tokyo
これおもしろかったー。
半円球のスクリーンってのはどっかでも見たことあるけど、このぐるっと360度スクリーンに囲まれてるってのは初めて。
足元らへんに宇宙から見た地球の映像が流れると、たぶんスペースシャトルから地球を眺めたらこんな感じなんだろうなあと思った。
最高にCoolなビデオ、ピカチュウパン中毒になる。 |
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お菓子を食べるのをやめるタイミングは人それぞれだ。
「人が何かを成し遂げた時、ドラマが生まれる。」
それは袋菓子を輪ゴムで縛るときも例外ではないのではなかろうか。
ある意図に従って蓄積された行動はそれ自体が非常に尊いものなのだ。
やめる。
世界征服をやめる。心肺蘇生をやめる。俺は人間をやめるぞ!ジョジョーッ!
何かをやめるとき見えてくるものがある。人生だ。その人の生き様が見て取れる。
某検索エンジンで人生の転機になるであろう言葉「やめるとき」を調べてみる。
クリアな電脳世界から蜂の巣をつついたように人間臭いページが出てくる。
「友達、バイト、ピル、不妊治療、習い事、学校、派遣、夫婦etc」
やめる。
それには決意が必要だ。誰かに背中を押してもらわなければ不可能な決断もある。
お菓子をやめるのは、浅田真央のトリプルアクセルくらい難易度の高い決断と言えるだろう。
なぜなら、その決断は殆どの場合人に頼ることはできないし、長く悩んでもいられないのだから。
私が独自のアンケートを行い、次の結果が得られた。まず見てほしい。

ピカチューパン!見たの?
ピカチューパン!
そしてチョコの味がするらしい。
まだ食べたことないけど。
食べたいなって思って。
http://gt7u9x.sa.yona.la/296 |
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外に出る予定のない日は、ずっと雨がしとしと降っていたらいい。
元気なときの雨音は鬱陶しいけど、ちょっとへこんでる時の雨音は妙に心地いい。
雨に打たれるのは、もっと
人間関係で嫉妬したり、モヤモヤしたりする自分を見て楽しんでいる自分が最近仲間入りした気がした。
自分は気分や機嫌が悪いのに、自分はニヤニヤしてて機嫌がいい。
なかなか楽しくはある。


